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修学院離宮 初秋

Category: 京都   Tags: 修学院離宮    

「修学院離宮」は洛北(京都市左京区修学院)にあり、桂離宮から造営から約30年後、後水尾上皇の指示で山荘として造営されました。

後水野尾上皇は、「比叡山が望める場所に山荘を建てたい!」と希望をもって、洛北、岩倉への行幸を繰り返すこと10年あまり。

久しぶりに修学院にいる第1皇女、梅宮が暮す圓照寺を訪ねたとき、その草庵から見た景色にいたく感動。
(後水尾天皇は34人皇子女が居たとされます、第1皇女梅宮は、徳川家から和子が嫁ぐ前にできた娘)

ここはかねてからの理想を実現するにはぴったりだっ!

ということで、文智女王(梅宮)が住まっていた圓照寺を大和に移転させました(現在も斑鳩の中宮寺、佐保路の法華寺と共に大和三門跡(尼寺)と呼ばれます。別名、山村御殿)

上皇自らが現場に何度も足を運び、設計図面をひき、地形の模型まで作って現場を指揮。

建物や作庭はもちろん、庭の一木一草にまで目を配ったとされます。

場所選定から3年という突貫工事で、下、上茶屋のほぼ大半を完成させました。

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<回遊式大庭園は離宮のシンボル、日本庭園史上類をみない山上の人工池>

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苑内は、54万平方メートルに及びます。

この広大な庭園は情趣を損なわないよう、畦道で結ばれており、上皇は輿を下茶屋につけた後、歩いて苑内を移動したとされます。
(浴龍池は船着き場があり、移動に使ったようですが)

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さすが85歳まで長生きし、多くの皇子女に恵まれるだけあり、そのエネルギッシュな生命力は感嘆します(離宮の造営は63歳のときで、85歳で亡くなるまで行幸は続いたとされます)

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現在の修学院離宮の主要な道は砂利が敷かれており、これは明治天皇が馬車、車で通行するために改造させたものとのこと。

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見学コースは上、中、下の御茶屋と庭園を1時間20分かけて巡ります。歩く距離はおおよそ3キロあまり。

扇状地に広がる棚田を抜けてゆったり下茶屋から中、上茶屋へと上がってゆきますが、お年を召した方にはかなり苦行のようで、同行した人に引っ張ってもらったり、押してもらう人も結構いました。

ここを見学するときは、あまり他の観光地まで欲張って回らず、ゆったりめの行程を組むことをお勧めします。

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テーマ : 京都・奈良    ジャンル : 旅行
 2012_09_19


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